早いもので私が新居浜リトルに関わってから9年、このHPも開設から4年目に突入しました。
長男が6年生の時にソフトボールのスポ少を卒団し、「硬式野球がしたい」ということで新居浜リトルにお世話になったのが始まりでした。
我が家の子供たちは河川敷で育ててもらったと言っても過言ではなく、指導者をはじめ関係者の方々には感謝しかありません。
先日、末っ子がシニアを無事に卒団し、高校野球に期待と不安を膨らませている今日この頃、グランドで練習をぼんやりと眺めながら自分なりに思うところがありましたので、この場を借りて彼是と書き留めてみようと思います。
40年前から現在まで、昭和・平成・令和と時代は移り変わっていきますが子供たちは変わらぬ野球への情熱を持ってグランドで汗を流しています。
ここ数年、チームの運営に関わって思うのは「子供が子供らしく大好きな野球に夢中になれる環境は当たり前ではない」ということです。場所、人手、お金、時間・・・等々。全てがバランスよく成り立って40年間継続できてきたのは、奇跡と呼べるくらいに稀な事だと思います。
笹本前会長がご生前、事あるごとに口にしていた「子供たちが大人になってからも帰ってこられる場所を」というフレーズが印象に残っています。
団員の保護者、指導者、役員は勿論のことですが、行政や他団体等の多くの人の支援があって現在があります。この恵まれた環境を次世代の子供たちへ引き継いでいくのが我々の責務であり、恩返しであると考えています。
保護者の皆様へ
子供たちもメジャー、シニアとカテゴリーが上がるにつれて「一人前」の野球選手として扱われるようになっていきます。
これがどういうことかというと、周りの大人が無条件で自分に愛情を注ぎ、大切に扱われることを当たり前だと勘違いしている「未熟すぎる子供」のままではいられなくなるということです。
子供の特権である「甘え」を自らが律して制御できなければ、人に愛され、支援をしてもらうことが難しくなってしまいます。勉強ができないまま卒業しても学校や先生は全く困りませんし、野球が上達しないままでもチームや指導者は別に困りません。周りの大人に「なんとか成長させてあげたい」「立派になってもらいたい」と期待や支援を受けるには理由が必要になってくるのです。
新居浜リトルは学校でもなければ、部活でもありません。コーチも職業ではありませんし、ましてや教育者でもありません。居場所は自分で作り出すしかないですし、チームが与えてくれる機会も決して平等とは限りません。選手自身が野球に対する強い気持ちをアピールできないと、後回しにされることもあるでしょう。
義務教育や部活動ではない新居浜リトルは、子供たちにとって本当の意味で厳しい場所であり、だからこそ本当に必要な「生きていく力」が身についていくのだと思います。
ご家庭では兎に角、子供を褒めてあげてください。頑張っている子供を大いに認めてあげてください。
野球の世界、勝負の世界は子供とはいえ努力が必ず報われるとは限らない残酷な世界です。その過酷な競争に自ら飛び込み、成果を出そうと足掻いている子供を親として認めてあげてください。
野球が勝利を目指すスポーツである以上、指導者は個人の努力や成長は認めつつも相対評価をせざるを得ない場面が多くなります。ですから保護者は我が子に対して、他人と比べるのではなく過去の我が子からの成長を絶対評価で認めてあげて欲しいと思います。
言うまでもなく褒めることと甘やかすことは違いますが、親として彼らが困難な現実に立ち向かった事への敬意を忘れないでください。結果が出なかったとか競争に負けたからという理由で、彼らの努力が損なわれてしまうことはありません。どんな小さなことでも、目の前にある「やるべきこと」から逃げずに取り組み、そこから何らかの成功体験を得ることができたら、それは親としてとても喜ばしいことではないでしょうか。
平日、時間があればキャッチボールの相手をしてあげてください。週末、時間があればグランドで我が子の取り組みを見てあげてください。皆、すごい勢いで成長していますから。
新居浜リトルという社会の中で、自分の居場所を確立しつつ「あきらめず」「継続して」「やり遂げる」大人でもなかなか難しいことに敢然と挑んでいる彼らへ、最大限のリスペクトとサポートをお願いします。
『すべては野球を愛する子供たちのために』
「あと何年、我が子と一緒に野球を楽しめるか?」
案外あっけなくて、終わってみると寂しいもんですよ。